大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和41年(う)2318号 判決 1967年1月30日

主文

原判決を破棄する。

本件を千葉地方裁判所に差し戻す。

理由

<前略>

控訴趣意第二点について

所論は、本来商標権の効力は類似商標又は類似商品に拡大されない、しかし、それでは、類似商標、類似商品の使用を他人に許すこととなり、商標登録を通じて商品の取引秩序を確保しようとする商標保護の制度目的にも反することになるから、とくに商標法第三七条という商標権の侵害行為を擬制する規定を認けた、したがつて、右第三七条にいわゆるみなす侵害行為のうちには商標権者自身の商品を表彰するばあいは含まれないと解すべきところ、本件被告人らの行為は、当該商標権者自身の商品を表彰するためにしたものであるから、右法条の侵害行為に該当しないばかりでなく、登録商標を指定商品以外の他類類の商品について使用してもさしつかえないと同様許された行為であると主張し、商標権者から専用使用権の設定を受けていない第三者の登録商標の使用は、なかみが商標権者の製品であるかどうかは侵害の成否に関係ない旨を判示した原判決は、理由不備又は法令の適用を誤つた違法があるというのである。

おもうに、商標権者は、指定商品について登録商標を使用する権利を専有する(商標法第二五条本文)。そして、ここにいう使用とは、同法第二条第三項第一号ないし第三号に列挙してある行為をいい、商標権の侵害は正当な理由なしに登録商標をその指定商品について使用する行為によつてひき起されるのであるから、この侵害行為の内容となるものは本来商標権者のみがなしうべき商標の使用行為、すなわち、法第二条第三項に列挙してある使用行為であることはいうまでもない。要するに、商標は、自己の業務に係る商品に使用するのであるから、これらの使用行為は、すべて登録商標の、指定商品についての一定の定型的な使用行為であつて、商標権の効力は、類似商標ないし類似商品に拡大されないし、また、前記のように登録商標の「使用」とされている定型的な行為以外にも及ばない。しかし、それでは商標権、専用使用権の保護が十分でないから、法は、特に、第三七条を設けて商標権、専用使用権の保護の範囲を擬制的に拡大したものと解せられるのである。したがつて、右第三七条は、単に第二条第三項の商標の使用にあたる行為の範囲を類似商標と類似商品に拡大したばかりでなく、さらに、第二条によつて登録商標の「使用」とされている以外の一定の予備的な行為による商標権の侵害をも擬制している(間接侵害)ことに留意しなければならない。本件についてこれをみると、第二条第三項第二号は、商品又は商品の包装に標章を附したものを譲渡し、引渡し、譲渡もしくは引渡のために展示し又は輸入する行為を「使用」の一態様としているのに対し、第三七条第二号は、指定商品又はこれに類似する商品であつて、その商品又はその商品の包装に登録商標又はこれに類似する商標を附したものを譲渡又は引渡のために所持する行為をいわゆるみなす侵害の一つとして挙げているのであつて、つまり、指定商品の包装に登録商標を附したものを譲渡しもしくは引渡す行為および譲渡もしくは引渡のために展示し又は輸入する行為が本使的「使用」の一態様とされているのを拡大して、指定商品、すなわち商標権者自身の商品の包装に正当な理由なしに登録商標を附したものを譲渡又は引渡のために所持する行為すなわち、譲渡又は引渡に密接したその予備的行為も、また、当該商標権を侵害するものとみなされるのである。被告人らが業者に注文して本件包装用紙箱に印刷表示した「ハイ・ミー」という標章は、真正の登録商標「ハイ・ミー」よりその文字がいくらか小さく、活字の色もやや薄いが、その全体の文字構成や形状においてほとんど完全に近いまで登録商標「ハイ・ミー」に似ているから、これを商品の包装に附することは、とりもなおさず、登録商標を附することにほかならない。したがつて、被告人らが、このような標章を附した本件包装用紙箱に現実に「ハイ・ミー」を詰め、これをパチンコ業者らに販売する目的で所持する行為は「指定商品である調味料ハイ・ミーであつて、その商品の包装に登録商標を附したものを譲渡のために所持する行為」に該当するから、まさに商標法第三七条第二号にあたるものと解せられる。原判決が「商標法二五条により、商標権者は指定商品につき登録商標の独占的使用を保障されているから、商標権者から専用使用権の設定を受けていない第三者が登録商標を使用することが商標権の侵害となることは明白であつて、中味が商標権者の製品であるかどうかは侵害の成否に関係ない」と説示しているのも右と同一の見解に立つものと解せられるのであつて、登録商標を指定商品以外の他類の商品について使用する場合や、正当に登録商標を附した指定商品を商標権者から譲り受けた第三者がこれをそのまま他に販売するばあい等を無差別に包含させる趣旨でないことは明らかであるから、原判決の右判断は相当であつて、理由不備又は法令適用の誤りなどの違法はなく、論旨は採用することができない。

控訴趣意第三点について

所論は、本件段ボール箱は、縦二二・五センチメートル、横二〇・五センチメートル、高さ二〇センチメートル、厚さ〇・五センチメートルで、茶色の地はだそのままのものであつて美観要素はなく、もつぱら運搬用と商品保護用のものにすぎないから、商標法第三七条第二号にいわゆる包装には当らないのに、原判決がこれを「商品の包装」と認定したのは事実誤認であると主張する。

しかし、商標法にいわゆる「商品の包装」に商品を収容した容器が含まれることは否定しがたいところであつて、本件段ボール箱も、また、それが現に商品を収容し、それが当該商品の容器として使用されている以上、「商品の包装」に当るものと解すべきである。そして、原判決は、登録商標「ハイ・ミー」を印刷した判示段ボール箱約三〇〇箱に販売用の調味料「ハイ・ミー」が詰められ封印も施されていた旨を判示しているのであつて、この事実は証拠上認められるのであるから、右段ボール箱が商品「ハイ・ミー」を収容する容器として使用されいたもの、すなわち商品「ハイ・ミー」の包装に当ると解すべきことについては疑いを容れる余地がない。したがつて、原判決には事実誤認の違法はなく、論旨は理由がない。

しかし、職権により審接するに、先にも一言したとおり、商標権の内容を保護し、その機能が阻害されないようにするためには、商標内容を保護し、その機能が阻害されないようにするためには、商標権の内容すなわち専用権の当然の効果として認められる禁止権により第三者の侵害を排除するだけでは十分でないから、商標法は、法の擬制により登録商標に類似する商標を指定商品と同一または類似の商品に使用する場合をも侵害とみなすことによつて禁止権の範囲を商標の類似範囲にまでひろげるとともに、侵害の予備的な行為についても商標権の侵害とみなし、いわゆるみなす侵害(間接侵害)の規定(法第三七条)を設けているのである。したがつて、この点に依拠して、法第三七条第二号に、「指定商品であつて、その商品の包装に登録商標を附したもの」とあるのは、当該侵害行為者以外の第三者が他人の商標を指定商品の包装に附した、その商品を侵害行為者が譲渡のため所持するばあいのみをいうのであつて、当該行為者自身が、はじめから自己において指定商品の包装に登録商標を附した当該商品を譲渡のために引続き所持するばあいは本来的な商標権侵害行為を構成するは格別、右法条のみなす侵害には含まれないとする傾聴すべき見解もありうると思う。しかしながら、法第二条第三項の一号と二号とは、同じく商標の使用とはいつても、その使用の態様を異にしているものである。したがつて、同一人が正当な理由なく他人の登録商標を指定商品の包装に附し、かつこれを譲渡したときは、その両者を包括して一個の商標権侵害行為を構成するものと解するのが相当であろう。ところで、法第三七条第二号にいわゆる「指定商品であつて、その商品の包装に登録商標を附したものを譲渡のために所持する行為」は、法第二条第三項の二号にいう商標使用の予備的行為であるから、もし同一人がこのようなものを譲渡のために所持しかつ、これを現実に譲渡したばあいには、前者の予備的行為は、後者の譲渡行為そのものに吸収されて別罪を構成しないけれども、同一人が正当な理由なく他人の登録商標を指定商品の包装に附し、かつ、これを譲渡のために所持するばあいには後者は、前者に対し予備的行為の関係に立つものではないから、これに吸収されるものと解すべきではなく、あたかも、法第二条第三項の一号と二号との関係と同様、これを包括的に観察して一個の商標権侵害の行為を構成するものと解すべきである。ところで、本件において、原判決の認定した事実は、被告人ら両名が、「一旦パチンコ業者に卸売した味の素株式会社の製造販売に係る調味料「ハイ・ミー」をパチンコ遊戯者から買い集めこれを新しい包装箱に詰め替え、恰も新品のように装つて再び右業者に卸売して古物として他に売捌くよりも有利に処分しようと互に意思相通じ、被告人義雄において昭和四〇年一月九日頃東京都内において、段ボール包装箱五〇〇箱に味の素株式会社の登録商標「ハイ・ミー」(登録番号第六六三、二八三号)を擅に印刷してこれを被告人周一に送付し、同被告人においてその頃から同年二月初旬頃までの間に、その中約三〇〇箱に調味料「ハイ・ミー」を詰めて封印を施し、」販売の目的で所持したものであるというのであるから、これによれば、被告人周一が、被告人義雄の意を受けて、その送付にかかる包装用紙箱(被告人義雄が他に依頼して、登録商標「ハイ・ミー」を擅に印刷させてあるもの)に商品を詰めてその外装に封印を施したときに、指定商品の包装に登録商標を附した行為が完成し、これによつて、被告人ら両名にかかる本来的な商標権侵害行為が成立したものといわなければならない。けだし、本件のように、「包装用容器に商標を附したもので商品を包装する」行為も、また、すなわち、「商品の包装に商標を附する」行為にほかならないと解せられるからである(なお、被告人ら自身が右「ハイ・ミー」の商標を印刷しないで、他に註文依頼してこれを印刷させたからといつて、別段、この結論に消長を来すものでないことは、多くいうまでもない。)。したがつて、被告人ら両名のこの本来的な商標権侵害行為とその後におけるこれらのものの販売のための所持とは、包括的に観察して一個の商標権侵害行為を構成するものと解するのを相当とする。原判決の趣旨とするところが、右両者の行為を包括して、結局、法第七八条に該当するというのか又は前者の行為は別段犯罪を構成しないが、ただ後者の行為だけが法第三七条第二号に該当するというのか、必ずしも明らかでないが、前記のような訴因の変更を許可した経緯や原判決の「弁護人の主張に対する判断」の項における説示を弁護人の「弁論要旨」の記載と対比して考察すると、原判決は、むしろ後者の見解をとつているようにも見うけられる(しかし、その理由が、法第二条、第三六条、第三七条、第七八条等関係条文の解釈のいかんに由来するのか、あるいは証拠判断に基づく事実の認定―たとえば被告人ら両名の共謀の範囲等―によるのか理解しかねる。)。もし、そうだとすると原判決は、罪となるべき事実(前記の本来的な商標権侵害の行為)を判示しながらこれに対する法令の適用を示さなかつた点において理由のくいちがいがあるのみならず、ひいては、遡つて、検察官が前記のような関係部分についての訴因変更の申立(本件起訴状によると、検察官は、当初、被告人らの行為が本来的な商標権侵害にあたるという訴因構成で起訴した趣旨に解せられる。)をした際、その理由を十分釈明して、検察側の訴因構成に関する法律的見解を明白にさせ、争点を整理しておくべき筋合いであると思われるのに、この措置をとらず、単に弁護人の意見を聴いただけで(ちなみに、弁護人は、右関係部分の訴因変更の申立について異議を述べている。)、右訴因変更の申立を許容し、前記のような訴因構成の下に有罪判決をしたのは(なお、また、原判決記載の段ボール包装箱五〇〇箱((ちなみに、公訴事実には、五〇〇箱という数字は出ていない。))について原判決が判示している被告人らの行為、すなわち、それらの箱に味の素株式会社の登録商標「ハイ・ミー」を擅に印刷させた行為は、法第三七条五号のみなす侵害に該当すると思われるが、原判決はどういう趣旨でこの別個の構成要件に該当する事実を認定判示したのか、その訴訟法的根拠が必ずしも明らかでない。)、訴訟手続の法令に違反したもので、その違反が判決に影響を及ぼすことが明らかであるといわなければならない。

なお、本件公訴事実によれば、被告人周一において本件包装用紙箱三〇〇箱に「ハイ・ミー」を詰めてこれに封印を施し、販売のために所持していた期間を昭和四〇年一月九日ころより約一〇日間となつているのに、原判決は、訴因変更の手続を経ないで、これを昭和四〇年一月九日ころから同年二月初旬ころまでの間と認定しているが、このように販売のための所持ということを構成要素としているばあいに、訴因変更の手続をとらずにいきなりこれを二倍以上の長期に認定することは、被告人らに不意打ちの打撃を与え、その防禦に実質的な不利益を及ぼす虞れがあるといわなければならない(ことに、原判決が、前記のように、商品「ハイ・ミー」を詰め、封印を施した段ボール外箱三〇〇箱を販売のために所持していた事実のみを有罪として認定していると推察される本件においては、右所持の期間の長短は、被告人らの罪責の軽重に実質的な影響を及ぼすものと思われる。)。したがつて、原審が、訴因変更の手続を経ないで右所持の期間を前記のように長期に認定したのは、やはり、訴訟手続の法令に違反し、その違反が判決に影響を及ぼすことが明らかであるといわざるを得ない。原判決は破棄を免れない。(樋口勝 小川泉 金末和雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例